Introduction

はじめまして、
こんなホームページを作ってみました。

<追記:ここから>

2017年8月30日 我が家に最後に残ったレモンが亡くなりました。ちょうど14歳でした。

 2003年にうちに来たときには体重450グラム、手のひらにのるほどの小ささでホントに弱々しい(実際に低血糖で寝起きにパタンと倒れることもあった)感じのシャイな子でした。
 それが、馴れてくると一人で飛び回っては先住のアミなどに突進していくやんちゃな子になり、それでも末っ子らしくみんなに愛されていました。
 晩年は、皮膚の一部にできていた肉腫(当初は良性と言うことだった)が悪性に変移して10か所以上に広がり、一部は切除したものの抗がん剤の副作用が大きくて食べたものをみな吐いてしまうので微量の投与しかできず、完治させることができませんでした。
 とは言え、肉腫が痒いとか言う感じではないようで、チョコも居なくなって一人になったので我がママ炸裂、けっこう好きにやってたような。 それが唯一の救いと言えば救いかも。 最後は、食事ができずに衰弱したので病院で点滴で補給すべく入院、3日目の未明に病院で息を引き取りました。 2日目に病院へ見に行ったときに、引き取ろうかと思いましたが、一縷の望みを点滴に託したのが間違いでした。
 自宅で看取ってやりたかった。
 
2016年5月22日 チョコが亡くなりました。16歳と5ヶ月でした。
 アミと3日違いの誕生日で、同じテリア系と言うこともあり共通する賢さがありました。 晩年は目も耳も不自由で、アミが亡くなってからはところ構わずおしっこをするようになってしまったので、ずーっとパンパースのお世話になっていました。
 生まれつき心臓が弱く、医者からは「怖くて麻酔がかけられない」と言われていたのですが、一度だけ歯垢除去で麻酔をかけました(チョコが麻酔から覚めるまで医者は気が気でなかったようですが)。 更に生まれつき喉頭(こうとう)に若干の奇形がありこれに起因してか食道が一般のものに対して4〜5倍も長く、食べ物が食道に詰まったり、誤嚥(ごえん)も時々起こしていました。 なので、晩年の食事は角切りビーフを1コずつ手からあげるようにして誤嚥しないよう気を遣っていました。 最後は3センチほどに切ったうどんを数本あげたのですがこれが誤嚥したようで、人間の年寄りが痰をのどに詰まらせて力なく咳き込むのと同じように少し細い息をしていたのですが、いつもの誤嚥とは様子が違ってそれほど苦しそうではなく緊急性はないと考え、朝になっても収まらないようだったら医者に診せようと思っていましたが、その日の深夜2時頃、急に息が絶えてしまいました。
 それまでの誤嚥では、かなり苦しそうに咳き込んでいましたので、逆さ吊り状態で吐かせたり胸部を圧迫して吐かせたりしていました。 また、寝ているときでも急に息が詰まって暴れ出すこともあったので腹部や胸部を圧迫して強制的に呼吸をさせるなどしていました。 このため寝るときにはいつも私の顔の横で寝させていたのです。
 しかし、結局は助けにはなれなかった。
 
2015年6月7日 キキが亡くなりました。
 オスなので家人の実家に住んでいたのですが、極端な寂しがり屋で家人がいないと泣き叫んではご近所から苦情を貰うという子でした。
 そんな経緯でうちに住むようになったのですが、不慮の妊娠を防ぐために去勢してオカマちゃんになってしまいました。 何せうちの子は全員女子ですから。
 晩年は寄る年波には勝てず、目も耳も不自由になり、足の曲げ伸ばしにも不自由するようになり、ヨタヨタとした足取りであちらにコツンこちらにコツンとぶつかっては歩いていました。
 最後は家人の腕の中で眠るように息を引き取りました。
 
2014年1月27日 ピーチがなくなりました。14歳と8ヶ月でした。

 
2013年12月12日 AMIが亡くなりました。13歳と12ヶ月でした。
 以前にも乳房にできたポリープを切除したことがあるのですが、再度別の乳房にポリープができ、あっという間に大きくなってしまい医者に診せたら、悪性で既に肺に転移しており為す術なく。
 
2010年2月2日 コロが亡くなりました。
 家人の紹介で知人の家へ貰われていったのですが、飼い主さんがご高齢で入院されたのを機会に出戻ってきたのをオスであるが故に家人の実家で飼っていました。

<追記:ここまで>

3〜4年も前から、何か作ってみようと思いながら、何も思いつかないままに、今年(2000年)も半ばを過ぎようとしているときに、私の犬が他界しました。

高齢と言うこともあり、子宮にできた大きなポリープを手術してあげることも出来ず、大量の下血、心臓発作、為すすべもなく、苦しげな顔をただ見つめるだけしかできなかった私の、あまりの無力さと、死というものの巨大さを思い知らされたのでした。

既に三度ペットの死を経験している私が、今回はなぜか愛するものの死というものを深く心に刻み込まれてしまい、何か彼女のためにしてあげなくてはならない、と言う強迫観念にも似たものを感じ、このようなホームページを作ることとなりました。

このHPを立ち上げるに当たり、いろいろ考えたのですが、自分のペットは、何かしら意志の通じるものを感じるもので、時として私の言葉を理解しているのではないか、と思ってしまうことも多々。

科学的には、声の調子や雰囲気を感じ取っているらしいのですが、そうとばかりも言い切れないものを感じます。
 では、本当に言葉に出して自分を主張したらどうなるのだろう、こちらが都合のいいように受け取っていることはないのだろうか、そう考えると、ペットに自分の意志を伝えるのではなく、こちらから何を言おうとしているのか、何を求めているのか酌み取ってあげたくなったのです。

そのようなアプローチは、別に今始まったことではなく、冒頭の「吾が輩は猫である」(夏目漱石)、「A Dog's Life (犬の生活)」(チャーリー・チャップリン)等から、ヒトなのか動物なのか境のない宮沢賢治の世界まで、私の知る中でも数多。
中には、キーボードをたたいて「スベテノイヌハ、ヒトノコトバヲリカイスル」などと言ってしまった邦画もあったような。

文人でもない私が、どこまで犬の気持ちになれるかはとても疑問ですが、今年他界した友が、本当は言いたいことがいっぱいあったのだろうと思い、そんな気持ちで、綴ることができればと考えています。

Dec. 2000

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